ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
ラグビーワールドカップの大活躍で話題となった五郎丸歩選手。選手として基礎を固めた早稲田大学ラグビー蹴球部時代の監督が中竹竜二氏だ。五郎丸選手は、今でも影響を受けた指導者として中竹氏の名前を挙げる。中竹氏に結果を出す部下への指導法を学ぼう。
若手社員の中には、日々の雑務に追われて、モチベーションを失うケースが見られる。そんな場合の「部下に気づきを与える」言葉を今回は紹介する。それは仕事に対する真摯な姿勢を身に付ける格好の機会だと思わせることだ。
コピー取り、資料集め、議事録取り、スケジュール調整……。新人時代は、こなさなければならない雑務が多くある。最近は部署に専任のアシスタントがおらず、後輩もなかなか入ってこないために、入社後、数年にわたってこうした雑務に縛りつけられるケースも少なくない。「こんなことをやりたくて、この会社に入ったわけじゃありません」。そんな言葉を若手から聞くのは、ほぼ例外なくこういう場合だ。
そのとき、上司はどう説明すべきか。私は「『すごい人』より『できる人』になろう。この仕事は『できる人』へのステップだ」と言う。ほとんどの人は「すごい人」と「できる人」を同じような意味で使っているが、私の定義では似て非なる言葉だ。
「すごい人」とは、簡単に言えば、天賦の才に恵まれたスーパーマンである。何をやらせてもできる。何かをやり始めたら、すぐにそのスキルをものにする。これはいくらまねしようと思ってもなかなかできるものではない。スポーツの世界の一流選手は、相当の努力をしているとはいえ、天才的な力を生まれながらに持つ「すごい人」である。
一方、「できる人」とはどんな人か。「あの人、できる人だね」というとき、どんな人を指しているだろうか。きちんと準備して、抜かりなく問題を片づけ、スケジュール通りに確実に成果を出す人。私のイメージはこうだ。つまり、「できる人」を正確に表現すると、「きちんと+やる人」ということになる。
例えば、営業の仕事では、顧客のニーズを丹念に聞き取り、競合のリサーチと分析を重ねる。その上で自社の強みを生かして、競合の商品と価格よりもコストパフォーマンスがいいと思える提案をする。丁寧に資料を作成し、プレゼンの練習も怠らず、数字に結びつける。これが「きちんと+やる人」である。
「きちんと+やる」をさらに突き詰めて考えてみると、それはすなわち物事に対して真摯に向き合う態度にほかならない。つまり、「すごい人」とは際立った才能や能力に対する評価であり、「できる人」とは、仕事に向き合う態度への評価だ。
「すごい人」を目指しても徒労に終わる可能性が高いが、仕事を「きちんと+やる」態度は、努力すれば身に付けられる。しかも、それは若いときのほうがいい。もっと言えば、経験を重ね、仕事が増えてポジションが上になると、習得しにくくなる。その理由はいくつかある。
1つは、仕事に対する態度とは、素振りのようなものだ。一度「型」を覚えると、それは体に染み付いてクセになる。若いころ、「新聞の経済面を読め」と上司に言われ、嫌々でも読んでいた人は、中堅、ベテランになってもそれが習性になっているはずだ。
2つ目は、経験を重ねれば重ねるほど、仕事が増えて忙しくなる上に、1つひとつの業務の複雑性が増す。すると、仕事に「きちんと」向き合いたくてもその余裕はなくなる。
そうなる前に、「きちんと」した態度を身に付けることで、「できる人」になれる確率は格段に増す。「単純な業務に余裕を持って取り組めるのは若手の特権である」ということを部下に明確に伝えるべきだ。
大学のラグビー部には、選手に加えて多くの学生スタッフがいる。分かりやすく言えば、マネジャーである。彼ら彼女らが入部してくるのは、たいていが1年生のとき。18歳、19歳の、「仕事」という意味では何も経験がない若者たちである。
私は入部して間もないスタッフに、「『すごい人』ではなく、『できる人』になら誰でもなれる」と話していた。最初はまともに〝ホウレンソウ〞すらできない。練習のスケジュール管理もうまくできないし、合宿の準備、運営などは何をかいわんや、である。しかし、「できる人になろう」というメッセージとともに、雑務の意味と目的を伝え、「きちんと」物事に向き合う態度を教えると、どんどんできるようになる。そして、3年生ともなれば、何も指示を出さなくても、マネジャーとしての職務をほぼ完璧にこなしてくれる。
選手も同じだ。一般入試で早稲田に入学し、ラグビー部に入部した選手の多くは、たいてい5軍、6軍からスタートする。練習のほとんどは基礎練習だが、そこをおろそかにすると、「きちんと+プレーする」習慣を身に付ける機会を逸する。
「すごい人よりできる人になろう」は、つまらない雑務を自らの成長にとって意味のある仕事に変える、いわば魔法の言葉なのである。
執筆=中竹 竜二
1973年福岡生まれ。93年早稲田大学入学、4年時にラグビー蹴球部主将を務め、全国大学選手権準優勝。卒業後、渡英しレスター大学大学院社会学部修了。2001年三菱総合研究所入社。2006年早稲田大学ラグビー蹴球部監督就任。2007年度から2年連続で全国大学選手権を制覇。2010年退任後、(公財)日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターに就任。近著に『部下を育てるリーダーのレトリック』(http://www.amazon.co.jp/dp/4822249719)がある。
【T】
五郎丸に影響与えた指導者の部下育成術