ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
挨拶の大事さはどの会社も知っているが、長続きさせるのは難しい。では、明るい挨拶が長続きしている会社はどこが違うのか。その取り組みを取材すると、挨拶を定着させるポイントが見えてきた。第2回は、粘り強く賛同者を増やしていく手法で定着を図ったヤッホーブルーイングに話を聞いた。
2008年に就任し、暗かった社内の雰囲気を一新した、ヤッホーブルーイングの社長、井手直行氏(写真/尾関裕士)
ヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)は、「よなよなエール」などのユニークな製品で知られるビールメーカー。小規模醸造で個性的な味を生み出すクラフトビールが注目される先駆けとなり、最近は年率30~40%のペースで売り上げを伸ばす。その原動力は、ニックネームで呼び合い、何でも話し合える社員が生むフレッシュなアイデアだ。
しかし、井手直行社長が就任した2008年は地ビールブームが去って数年後。一時的に業績は上向いたが、就任直後から再び低迷が始まった。09年の売上高伸び率は2%、10年は4%にとどまった。
社内の雰囲気は暗く、井手社長が「おはよう」と呼びかけても、ほとんど挨拶は返ってこなかった。「1日を元気に過ごすためには、まず朝一番の挨拶が元気でなくてはいけない。売り上げ低迷で落ち込んでいる社員たちの気持ちを上向かせるにはまず挨拶をしよう」。そう考えた井手社長は自ら率先して社員たちに挨拶することにした。
出勤時に社員に会うと「おはようございます!」。退勤時には「お先に失礼します!」と見本を見せ続け、社員の前で話す機会があれば「挨拶は大事だよ。朝から元気になろうよ」と説き続けた。
これを続けるうち、1人、また1人と挨拶をしてくれる社員が現れた。井手社長の言葉に促されて挨拶をしてみて気持ち良さが分かった社員は、そのうれしさを周りに話したくなる。こうして周りの社員を挨拶するように促す連鎖が生まれていった。
井手社長が挨拶の浸透を途中で諦めなかったのは、他の場面でも同じ体験をしていたからだ。
例えば、始業前の朝礼。井手社長が就任した当時の朝礼は、業務連絡以外は会話がなく、多くの社員は下を向いたまま。まるで「お通夜のような朝礼」だと感じた。
それでも、朝礼で社員が雑談をしてコミュニケーションを深めたほうが、良いアイデアが出る環境が生まれると信じ、毎日朝礼の時間を設け続けた。
繁忙期には社員の中から「この忙しいのに、朝礼の時間は無駄です」という反発が出ることもあったという。しかし、井手社長は諦めずに朝礼で雑談をし合うことがどれだけ大切なのかを説明し続けた。「朝礼で集まってくだらない話をするのは一見無駄なようだけど、そういう話ができる関係でなければ仕事の場面でシビアな話ができなくなる。社内のいろいろな人と相互理解を深めて互いの距離を縮めると、良い仕事ができるようになるよ」
とにかく朝礼を続けるうち、1人、また1人と朝礼で雑談してくれる社員が出てきた。
この経験から、社員の反発が大きくてもとにかく諦めずに説明を続け、賛同者が現れるようになるまで待てば社内を変えられることを井手社長は学んだ。
ヤッホーブルーイング社内でのにぎやかな会議の様子。社員同士が、コミュニケーションの重要性を理解して活発に発言する
この朝礼の文化を変えた経験と同じように、挨拶の浸透でも井手社長は賛同者が現れるまでとにかく待ち続けた。
すると、ある日、打ち合わせをするために井手社長が会議室で待っていると、30分ほど離れた別の場所にある出荷部門の責任者が「こんにちはー!」と目いっぱい大きな声を出して部屋に入ってきた。今までと明らかに挨拶の雰囲気が違うと気付き、責任者に尋ねてみると「『挨拶を大きな声ではっきり明るく言おう』という標語をつくり、挨拶強化月間を始めた」という。
自分の知らないところで社員たちが自主的にそうした活動を始めたことを、井手社長は素直に喜んだ。この瞬間、これで社員たちの挨拶の仕方は変わると確信した。
「挨拶の強制はできるだけしたくない」と井手社長は語る。挨拶の浸透は、社内の文化を変える一大プロジェクトであり、強制しても定着しないからだ。
最初はとにかく説明をして協力を仰ぎ、その良さを理解する仲間を1人でも増やすことをめざす。これを3年ぐらい続ければ何らかの成果が出ると、井手社長はこれまでの経験から実感している。
多くの経営者が「井手さんのところの社員は、どうしてこんなに明るいんですか」と繰り返し尋ねるという。それに対し、井手社長はいつもこう答えている。
「最初に誰も動いてくれなくても、僕は諦めないんです。社長が文化を変えようなんて言い始めたら、社員の立場で考えれば戸惑うのは当たり前です。その気持ちを理解して諦めずに待ち続ければ、3年目で成果が出始めて、4年目くらいから社内の文化になり始める。そういうもんですよ」
井手社長は、さらに続ける。「僕は社内を明るくする天才だったわけじゃない。苦手だったから、最初はお通夜みたいな朝礼しかできなかったし、チームづくりの社外研修にも通った。そんな僕でも社内の文化を変えることができた。諦めなければその先にバラ色の世界が待っている。諦めなければ誰にでもできることなんです」
執筆=宮坂 賢一/原 武雄
フリーライター
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