ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
より良いビジネスをつくっていくため、もっとデザインが役に立てることがあるのではないかと考えて始めた本連載も、いよいよ今回が最終回になります。連載をスタートするにあたっては、拙著『サービスデザイン思考』(以下、同書)を題材に使いつつ、本では書けなかったことや、あえて書かなかったことを書いてみようというのが個人的なモチベーションでした。
そもそも同書を執筆した最大の動機は、「ビジネスやマーケティング、デザインの常識と考えられていることは、果たして今も変わらず常識なのだろうか?」ということを問い直したい、という気持ちにありました。具体的には次のような考え方が挙げられます。
・顧客を常に中心に考えること(ユーザー中心発想)
・顧客の「お困りごと」を解決すること(問題解決志向)
・モノとしての製品よりも、目に見えない経験=コトにこそ価値がある(「モノからコトへ」信奉)
結果的に本連載は、これらの常識を同書とはまた違った視点から考え直すことになりました。改めて、これまで本連載で書いたコラムのタイトルを並べてみます。
第1回 あらゆるビジネスが「サービス化」する、ってどういうこと?
第3回 「ほしいもの」を与えるだけでは顧客ニーズを満たせない
第4回 無駄だらけの「野良仕事」にビジネスの本質は眠っている
第7回 「つくり手の想い」と「企業のエゴ」を分けるものとは?
第9回 「まがいもの」を「ほんもの」にする「文化のデザイン」
振り返って眺めてみると、ほとんどのコラムタイトルが疑問文やあまのじゃくな問題提起になっていることに、思わず苦笑いしてしまいました。
第1回のコラムの末尾には、同書にある「サービスデザイン」に関する以下の定義を引用しました。
サービスデザインとは、顧客が自覚していないレベルのニーズや欲求に対して、顧客との共創関係のもと価値を提案し、良い関係を持続する仕組みを持った製品・サービスを創りだすこと、それによって、自社と顧客の双方のみならず、多様な利害関係者間で価値を共有し、循環できるビジネスの実現をめざすもの。(『サービスデザイン思考』20頁)
これまでの連載を読んでくださった皆さんはお分かりいただけると思うのですが、サービスデザイン的なアプローチというのは、製品・サービスやビジネスにおいて既存の常識とされている価値を転換させる、従来のビジネスにおける合理性からあえて距離をとるやり方です。この方法はすごく手間がかかるし、効率はよくないし、これまでにないアイデアを提案するという点でリスクもあります。
しかし、技術の進化や企業のたゆまぬ努力によって、多くの製品やサービスは一定の質が担保されている現在において、今後の社会・市場で顧客から愛され、長く続くビジネスを実現しようと思うなら、これまでの当たり前を変えていくことが企業には求められています。
これまでのビジネスは社会の近代化が要求した大量生産・大量消費モデルがベースにあり、つくる側、売る側の合理性や効率性が重視されてきました。同様に、デザインやマーケティングも、大量生産・大量消費モデルを前提に進化してきたと言えます。しかし、昨今この前提が大きく崩れ始めていることは、多くの読者も実感しているのではないでしょうか。
そのような時代と社会の潮目が大きく転換していく中で、自社のビジネスや業界にとってこれまで当たり前とされてきた既成概念にとらわれず、次のことを創造的に考えるやり方が「サービスデザイン思考」なのかもしれません。
1.誰を、顧客を含めた重要なアクターと考えるか?
2.顧客を含む重要なアクターにとって、より良い状態とはどのようなものか?
3.大切な顧客にとって何が価値となり、企業はどのように価値を提案するべきか?
4.自社のビジネスを持続可能にするために、必要なことは何か?
過去の連載では、そのような「サービスデザイン思考」を実践する上で欠かせない視点や方法について論じてきましたが、もっとも大切なことを1つだけ挙げるとしたら、「よく見る」ことです。これまで紹介してきたデザインリサーチの方法論や、KA法などの価値抽出法、ペルソナ、サービスブループリントなどのツールはすべて、物事や社会を「広く」「深く」見ることを助けるためのものだと言えます。
「よく見る」ために大切なことは、違和感や微細な差異に対して敏感になることだと考えます。リサーチを通して得られたデータを解釈してインサイトを見いだそうとする際などに、ちょっとした違いをざっくり類型化することで、分かりやすく普遍化してしまうことがあります。そのようにして類型化されたインサイトやペルソナは直感的に理解しやすく、効率がいいからです。しかし、その過程で切り捨てられがちな微細な差異にこそ、重要な意味が秘められているものです。
ゴール指向型デザインのツールとしてペルソナを体系化したアラン・クーパーは、著書『About Face 3:インタラクションデザインの極意』(アスキーメディアワークス、2008)で「ペルソナはアーキタイプであって、ステレオタイプであってはならない」と言っています。第4回のコラムで、ペルソナを描く際には「何を/どのように」ではなく、「なぜ」を分厚く記述することの重要性を説明しました。ペルソナが背負っている微妙なコンテクストを理解することができ、それによって創造的にアイデアを発想しやすくなるからです。
「他人の靴を履く」(Stand in someone’s shoes.)という英語のことわざがあります。他人の靴は自分にとっては履きなれないだけでなく、そもそも素材もサイズも色やデザインもバラバラです。サイズが自分とはまったく合わなかったり、履き慣れた靴とは履き心地が著しく違っていたり、多かれ少なかれ、普段なら意識することのない違和感を感じるでしょう。つまり、他人の靴を履くことは、従来の自分のものとは異なる世界の見え方を、意図的に手に入れることなのです。そして、それによって感じた普段なら見過ごしてしまうかもしれない違和感や微細な差異に着目し、既成概念にとらわれず、より良いあり方を思い描くための姿勢については、第6回のコラムで述べた「批判精神」が参考になるでしょう。
さらに大切なことは、思い描いた「顧客にとってのより良い状態」を実現するためのアイデアを具体化して実際にやってみることと、すぐにうまくいかなくても、失敗ではなく成功のためのチャンスと捉え、繰り返し良くしていくことです。これらのことは、意識しなくても自然とできてしまう人たちもまれにいます。しかし、多くの人にとっては、あえて意識的に取り組み、習慣(習性?)としてわが身に染み込むまで繰り返しやるしかないのです。
第1回のコラムで、私は「デザインとは何か」を説明する際にノーベル経済学賞の受賞者であるハーバート・A・サイモンの言葉を紹介しました。
「誰もが既存の状況をより良いものに変えるためにデザインをしている」
(『システムの科学』パーソナルメディア,1999)
そろそろ本連載も終わりに近づく中で、ぐるっと一周してこのサイモンの言葉にたどり着いたように感じています。VUCAという言葉に代表される、不確実で見通しがつきづらいこれからの時代に価値あるビジネスをつくるためには「現状に安住せず、より良い状態を思い描き続けること(THINKING)」、そして、何をおいても「具体的に行動すること(DOING)」しかないのです。デジタル化などによって社会はよりいっそう機械化されていくのとは反対に、企業が今後やらなければいけないことは、ますます人間臭く、泥臭いことを丁寧にやり続けることになっていくのかもしれません。
最後になりましたが、これまで私の連載を読んでくださった読者の皆さんに心から感謝いたします。皆さんがそれぞれの製品・サービスやビジネスをより良いものにしていく上で、これまで論じてきた「サービスデザイン思考」の考え方と実践法がわずかでもお役に立つことがあれば、筆者としてこの上ない喜びです。お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
執筆=井登 友一
株式会社インフォバーン取締役副社長/デザイン・ストラテジスト。2000年前後から人間中心デザイン、UXデザインを中心としたデザイン実務家としてのキャリアを開始する。近年では、多様な領域における製品・サービスやビジネスをサービスデザインのアプローチを通してホリスティックにデザインする実務活動を行っている。また、デザイン教育およびデザイン研究の活動にも注力し、関西の大学を中心に教鞭をとる。京都大学経営管理大学院博士後期課程修了 博士(経営科学)。HCD-Net(特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構)副理事長。日本プロジェクトマネジメント協会 認定プロジェクトマネジメントスペシャリスト。
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これからのビジネスをつくるための「サービスデザイン思考」