ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
経営とは決断の連続だとよくいわれる。中でも撤退の決断には、特有の難しさがある。
自ら見込みがあると判断して立ち上げた新規事業、長年助けられた取引先がいる商売、そして代々守ってきた家業……。これらの撤退には心の痛みが伴うからだ。経営指標などを見れば、頭では理解できても心で納得できずに、行きつ戻りつ迷うことはよくある。
写真/洞澤佐智子
迷いを捨て、素早く決断を下せる経営者としての覚悟を持つには、何が必要か。自らも修行により、心の迷いから抜け出した経験を有する僧侶の小池龍之介氏に伺った。小池氏は、撤退に迷う経営者の心には、自尊心への執着や傲慢さがあると指摘する。
経営者が自分で決めたことを撤回すると、周囲に対して「間違っていた」と認めることになります。しかし、経営者は、周囲に「自分が愚かでした」とさらけ出すことは避けたいでしょう。自らは多くの人の上に立つ、一角の人物だと思っている人ほど、その自尊心がかせとなって、部下の前で自身の間違いを認めようとしないものです。それで判断の時機を逃しやすくなります。
一方、謙虚な人ほど、朝令暮改といえるくらい素早く、自分の非を明らかにして方向転換ができる。そういう柔軟性があります。
2つ目のかせは、執着心です。人は労力をかけたり、投資をしたりした対象から、それに見合う成果を得たいと思うものです。そこにかけたものが大きければ大きいほど、人は何とかそれを回収したいと執着してしまいます。
賭け事で100万円の損をしたら、取り返すために汗水たらして働くより、賭け事で200万円を取り返したいと思う。それと同じように、うまくいかない事業があっても、そこに投じた時間や費用を何とか取り返せないかと考え、決断が鈍るのです。
では、自尊心や執着心という“かせ”を乗り越えるには、何が有効なのでしょうか。
まずは、利害関係のない第三者の意見を聞くことです。特に、中小企業の経営者は自分1人の考えで最終決断をすることが多いものです。しかし、その誤りを指摘する意見を言える人は、周囲にはなかなかいないでしょう。「社長、社長」とチヤホヤされているうち、自分を客観的に見る視点を失ってしまうことに、経営者はいち早く気付くべきです。
これは私事ですが、2003年に喫茶店を始めたことがあります。「お坊さんがカフェを開くなんておしゃれだよね」などと思い上がるような気持ちもありました。
そのとき、私の様子を見ていた僧侶である父から「喫茶店を開いていい気になっているようだが、しっかり修行に打ち込んだ方がいいのではないか」と厳しく戒められました。その後店を閉め、座禅や瞑想(めいそう)などの修行に専念し、今の自分につながる道が開けました。
私自身、最初に指摘を受けたときは、不愉快に感じてしまいました。しかし、そのひと言によって、「成功しているから続けよう」と思いながらも、「本当にこのままでいいのか」とも悩んでいる自分の本心に気付かされたのです。
迷いを断ち切るには、自分がすべきことは何かをよく考え直してみることです。
決断に迷っているときは、心の中で天使と悪魔のように相反する考えがせめぎ合っています。「今のままでいいのだろうか。何かを変えなくては」と思う一方で、「こんなに頑張ったのだから、それを取り返すまでは続けたい」という気持ちが湧き上がってきます。
実は、これも社長としての名誉とかメンツといった抽象的なものに固執しているからにすぎません。そのことに気付けば、何かを取り返そうとかいったことよりも、「今の自分にとって最も大事なのは、会社を存続させることだ」と考え直せば、きっぱりと迷いを断つことができるはずです。
成功体験がいつまでも続くと思うことも決断が遅れる原因です。成功はそれを達成した瞬間が頂点であり、後は下がっていくしかありません。しかし、人はこの原則を忘れ、現実は変わっているのに、いつまでも一番良かったときを基準に判断してしまう。そうして間違うことが多いのです。
この世は諸行無常で、常に移ろっています。今正しいこともすぐに正しくなくなるかもしれません。謙虚に世の中を見る姿勢を持ち続け、小さな変化を敏感に察知できるようになれば、いざというときに素早く撤退の判断ができるようになるのです。
執筆=小池 龍之介(こいけ・りゅうのすけ)
1978年、山口県生まれ。東京大学教養学部卒業後、2003年に活動内容やメッセージを紹介するウェブサイト『家出空間』を立ち上げる。現在は、月読寺(神奈川県鎌倉市)と正現寺(山口県山口市)で住職を務める。住職としての仕事と修行のかたわら、座禅指導や講演活動を行う。主な著書に『考えない練習』(小学館)、『こころのおまもり:仏教的〈自然体〉の手ほどき』(三笠書房)などがある
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