プロ野球に学ぶ、ミスターと呼ばれし者の流儀(第8回) 低評価を覆した、赤星憲広の「強みを生かす準備」

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公開日:2016.12.21

 阪神タイガースの赤星憲広氏といえば、「レッドスター」「赤い彗星(すいせい)」と呼ばれた持ち前の俊足で、プロ入り1年目から5年連続で盗塁王に輝いた名選手である。現役を引退するまでの9年間で、新人王と2回のベストナインに選出。守備力に卓越した選手を表彰する「ゴールデングラブ賞」には、何と6度も表彰されている。

 赤星氏はプロ入り後だけでなく、プロ入り前も活躍していた。高校時代は甲子園に出場、大学では明治神宮野球大会で優勝。社会人時代にはシドニーオリンピック本大会にも出場した。

 しかし、ここまでの実績を残していたのにもかかわらず、赤星氏がドラフトで指名される日はなかなか訪れなかった。

 各球団が獲得に踏み切れなかったのは、赤星氏の体格が身長170cm、体重66kgという、プロとしては体が小さ過ぎた点だった。シドニー五輪後にやっと阪神にドラフト指名されたものの、指名順位は4位と期待度はさほど高くはなかった。

 そんな「小さい」赤星氏が、なぜプロで活躍できたのか。それは、赤星氏が常に「強みを生かすための準備」を続けたからであった。

大切なのは「足の速さ」ではなく「速さの生かし方」

 体の小ささを理由になかなかプロ入りできなかった赤星氏は、自身も「体が小さな選手が体の大きい選手に力で勝とうと思っても絶対に無理」と、その事実を受け止めている。しかし一方で、「動きの良さや速さを発揮することができれば、絶対にプロの世界でもやっていける」とも語る。

 赤星氏は、それを証明してみせた。5年連続盗塁王はセ・リーグ記録であり、通算381盗塁、シーズン64盗塁は、“ムッシュ”吉田義男氏を抜き、歴代阪神タイガース第1位である。もちろん、2003年、2005年の2度の優勝にも大きく貢献した。

 彼がここまで成功できたのは、その速さを生かす場面を見極めたからにほかならない。その才能の生かし方の例として、1塁から2塁への盗塁を例に説明しよう。

 一般的に、投手が投球動作に入ってから捕手のミットにボールが届くまでに要する時間は1.2秒。捕手がボールを取って2塁に送球するのに2秒。合計すると3.2秒かかる。

 一方、赤星氏がスタートを切って、2塁ベースに到達するのにかかる時間も同じく3.2秒。つまり、足が速いとされる赤星氏でも、普通に走ったときにセーフになる確率は五分五分である。投手がクイックモーションで投げればその時間はさらに短くなり、数字の上では必ずアウトになってしまう。

 しかし、投手の投球から2塁にボールが到達する時間が3.2秒以上かかるときに走れば、アウトになることはない。赤星氏は、この点に特にこだわった。投手のフォームやクセを知れば、絶好のタイミングでスタートを切ることが可能になる。例えば変化球はストレートよりも球速が遅いため、捕手に届くまでの時間が長くなる。そして、外角より内角のボールの方が、捕手は打者が邪魔で送球しにくく、2塁に送球するまでの時間が長くなる。そうした条件が重なれば、2塁にボールが到達するまで3.2秒以上かかることになる。

 これらは、走る以前の情報や研究によって把握することができる。準備が整えば整うほど、セーフになる確率が高まり、勇気を持って走ることができる。赤星氏は、自分の強みを発揮できる状況に関する情報を集め、研究し、準備することを何よりも重視した。

「準備」=「自信」が最高のパフォーマンスを生み出す

 こうした準備を徹底的に行うことで、結果は自然と訪れる。赤星氏は、盗塁が決まるときについて「リード、スタート、スライディング、次の塁に到達する、という一連の流れの中で自分自身はほとんど何も考えていない。いわば、無の状態」と語る。逆に、失敗するときは、余計なことを考えてしまっているときで、準備をすればするほど、何も考えない「無の状態」をつくることができるという。準備が自信となり、体が最高のパフォーマンスを発揮しやすい精神状態になっていることが分かる言葉だ。

 一方で赤星氏は、打者として準備を放棄していることがある。それが、ホームランである。

 打者にとって、いかにしてホームランを打つかは、とても重要な問題である。しかし、足の速さを生かすこととは何の関係もない。彼が現役9年間で放った通算本塁打数はわずかに3本。その結果、2528打席連続“無”本塁打の日本記録を有している。このことからも、赤星氏がいかに自分の強みを生かすことだけに専念したかがよく分かる。

才能があっても、準備が不十分であれば力は発揮できない

 赤星氏といえば、2009年に33歳という若さで突然引退したことでも広く知られている。実は赤星氏は、2006年シーズン中より頚椎ヘルニアを発症しており、さらに2007年には、体に受けるわずかな衝撃でも脊髄にダメージを受けてしまう「頸部脊柱管狭窄(きょうさく)症」の診断も受けていた。医師からは、「次に同じような衝撃を首に受けたらどうなるか分からない」と警告されていた。

 しかし赤星氏は、この困難にも“準備”で立ち向かった。2008年のシーズン前、体に衝撃を受けた際に、脊髄に直接的なダメージを受けるのを防ぐため、首の強化に取り組んだ。この結果ヘルニアの症状が緩和され、2008年シーズンは全144試合を果たすことに成功している。

 短いプロ生活ではあったが、赤星氏はたとえ自分に不利な条件であっても、長所に特化して、それを生かすための徹底した準備を行い、プロでやっていけることを証明してみせた。

 ビジネスシーンでも、同じことがいえるだろう。プロ入り前の赤星選手のように、周囲から短所ばかり見られてしまい、不遇の日々を送っている従業員が社内にいるかもしれない。だが、短所が誰にでもあるように、長所も誰にでもある。本人がそれに気付いていないのであれば、ビジネスリーダーが従業員自身の長所を自覚できるようサポートし、いつでも力が発揮できるように準備をする環境を整えれば、いずれは組織に欠かせない人物になるはずである。

参考文献:
「決断/阪神引退からのリスタート」(集英社刊、赤星憲広著)
「頭で走る盗塁論/駆け引きという名の心理戦」(朝日新聞出版刊、赤星憲広著)
「一瞬の判断力/ビジネスを成功させる53の法則」(宝島社刊、赤星憲広著)
「逆風を切って走れ ―小さな僕にできること―」(主婦と生活社刊、赤星憲広著)

執筆=峯 英一郎(studio woofoo)

ライター・キャリア&ITコンサルタント。IT企業から独立後、キャリア開発のセミナーやコンサルティング、さまざまな分野・ポジションで活躍するビジネス・パーソンや企業を取材・執筆するなどメディア制作を行う。IT分野のコンサルティングや執筆にも注力している。

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