ビジネスWi-Fiで会社改造(第44回)
ビジネスWi-Fiで"学び"が進化する
最良のプロセスを経ても、必ずしもうまくいかないのが現実のビジネスである。重要なのは、うまくいかなかったときに「何がいけなかったのか」を正しく認識し、経験を学びに変えることだ。「最初から無理だと分かっていた」「あのとき、自分の考えの通りにしていれば成功したはずだ」といった考えからは何も学べない。自分やチームの仕事を冷静に振り返るために必要なものは何なのだろうか。
ファッション雑誌を発行する出版社で企画のリーダーを務めるAさんは、「新興ブランドの紳士靴特集」という企画で特集記事を担当した。Aさんはこの企画に自信を持っていたが、期待は外れ、雑誌の売れ行きはイマイチであった。
今回の企画は、 編集長からの「あまり知られていないブランドで特集を組みたい」という要望にもとづいて練ってきたものだった。「そもそも、新興ブランドで特集を組むという編集長の要望がそもそも的外れだった」。これまでの経過を振り返って、Aさんはそう思った。
ところが翌月、他社の雑誌で「新興ブランドの鞄特集」というよく似た企画が組まれ、売れ行きは好調だった。「自分の企画の何がいけなかったのだろう?」。Aさんは頭を抱えた。
過去の仕事は自分自身を向上させるための格好の材料である。成功体験はもちろんのこと、失敗した経験にこそ大きな学びが隠されている。意思決定でも同様で、一連のプロセスを振り返ることで、今後に役立つ学びを得ることができる。
しかしながら、失敗した経験を振り返ることはなかなか難しい。つい自分に甘くなり、本当の原因を見誤りがちになるからだ。先の事例でAさんは、失敗の原因を編集長に求めているが、これは失敗の原因から眼をそらし、他者に責任転嫁をしているにすぎず、このような姿勢では失敗から学ぶことは難しい。
意思決定のプロセスを振り返るには、「日記」をつけて日々の意思決定プロセスを記録しておくことが有効だ。
例えば、先の事例では、失敗の原因は、新興ブランドの調査範囲が日本国内に限られ、海外ブランドの調査がおろそかになったという「情報収集」にあったかもしれない。あるいは、紹介する新興ブランドを決める会議で特定のメンバーの意見を重視しすぎたという「結論の導出」にあったかもしれない。意思決定のプロセスごとに、いつ誰と何をしたかを具体的に記録しておくことで、後で振り返ったときにその結果をもたらした真の原因を見つけやすくなる。
ここで、振り返りのときに気をつけるべきものに「後知恵」というものがある。後知恵とは、ある結果を知ったときに、「自分は最初からこの結果を予想していた」と誤解することだ。ある心理学の実験によると「自分は最初からこの意見に反対だった」「やっぱりダメだったね」といった発言をする人の7割程度は、自分の当初の考えを忘れた勘違いであったという。
このような後知恵も、日記をつけることで回避することが可能だ。最初に自分が予測していたことを、その理由とともに簡単に書いておきさえすれば、結果から正しく学ぶことができる。
振り返りのために日記をつけることが重要なことは分かっても、実際に日記をつけるとなると億劫に感じる読者も多いと思う。そういう人は「日記をつけない」ことをおすすめする。
読者を混乱させてしまうような言い方だが、要は「記録を残すことが大事」なので、仕事上で発生する記録をまとめ、それを自分の日記にしてしまえばよいのだ。
例えば会議の議事録は、重要な決定事項の全てが網羅された貴重な記録であり、振り返りのために非常に役立つ。この際、単に会議での決定事項のみ羅列するのではなく、「どうしてその決定をしたか」という理由を書き足しておくとよい。リーダーの場合、部下に議事録作成を依頼することが多いと思うので、作ってもらった議事録を確認し、後の振り返りを意識して内容を補足しておくとよいだろう。議事録担当の部下と何度かこのようなやりとりをすれば、部下の議事録も自然に改善されるはずだ。
また、メールを活用するという方法もある。社内外を問わず、今はほとんど全ての仕事をメールでやりとりすることも多く、これを役立てない手はない。例えばあるプロジェクトに関するメールの件名に「【】カッコ」をつけて特定の言葉をつけるようにすると、後々の管理が楽になる。また、「今回のフレーミングで、方針を○○と決めました」「××の情報収集はBさんにお願いします」など、意思決定に関するキーワードを意識的にメール中に入れておくことで、情報の検索性を高めることができる。
このように、既にあるリソースをうまく活用することで、自然と意思決定のプロセスが記録され、それを振り返ることにより効率的に学びを得ることができる。
本コラムでは、意思決定を「フレーミング」「情報収集」「結論の導出」「振り返り」の4ステップに分解し、各ステップで重要となる概念を簡単に紹介した。最初から完璧な意思決定を行えるリーダーなど存在しない。この4つのステップを何度も何度も繰り返すことで、意思決定の精度は確実に高まるはずだ。
優れたリーダーの共通点の一つに「考えがブレない」というものがある。間違った考えにこだわりすぎることはただの「頑固」でしかないし、一方で考えが柔軟すぎても「朝令暮改」という認識を持たれてしまう。「頑固」と「朝令暮改」の間にある「ブレないリーダー」となるために、本コラムが役立てば幸いである。
執筆=林 きのこ/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)
1981年生まれ、京都大学工学部卒。米国研究開発型ベンチャー企業の研究マネジャー。新エネルギー開発プロジェクトを担当する一方で、経済や環境技術関係のコラム執筆も行なう
【T】